ねこやまのショップ計画、つまづきの記録。

ねこやまが、インターネットでお店をやろうと思ってから2004.12.31までの間抜けな記録。

2002.3.31にホームページでお店をはじめた(?)のですが、すべてが思い通りに行かず、一ヶ月たたぬうちにあえなく沈没。
現在、復活に向けてリハビリ中です。 せっかくの間抜け話なので事の顛末を書きました。笑ってくださいませ。
2023.7.31追記:現在はひっそり暮らしています。



その1・ 自分の作ったものが売れたこと

少し昔、私は小さな猫を作って小さなお店に置いてもらっていました。置いた分はそこそこ売れていました。自分の作ったものをお金を出して買ってくれる人がいるというのはちょっとした感動でした。
そのお店の店長さんは雇われ店長さんでした。私と同い年で、真面目で、作る事に一生懸命な人でした。実際、素晴らしい作品を作る人なのです。

当時の私の猫作り作業は、粘土を使って原形を作り→それをシリコンゴムで型取りして→ウレタン樹脂を流し込んで複製(フィギュアのようなものです)→着色、という方法をとっていました。なぜかというと、もとの原形を納得いくまで丁寧に時間をかけて作れば、それと同じ形の物が型取りによっていくつも複製できるからでした。
手作業でいくつも同じものを作るとなるとそうはいきません。ひとつひとつにそれほど時間をかけられないし、きちんと同じ形に仕上げられる技量 もありませんでした。

しかしこの方法もいい事ばかりではありません。家が散らかり放題になったり、ウレタン樹脂の揮発性の匂いが気になったり、同じ形の物を何十個も仕上げるのに飽きてしまったり、そんなことでだんだん面 倒になってきました。さらに作っている物が小さいものだったので細かい作業で目がチカチカしたり、座りっぱなしで腰が痛くなったり、体が続かないなぁと思いはじめたので、複製で作るのをやめてしまいました。
そして、粘土で簡単な形のものをたくさん作るのに切り替えました。作業はラクになったけど、ぱったり売れなくなりました。そして私は他の事に気を取られ、だんだん作る事をしなくなりました。

あるとき、店長さんが店をやめることになりました。それをきっかけに私も、商品を置いてもらうのをやめました。
理由は、店長さんは信頼できる人だったけれど、その上の人を私は信頼できなかったからです。早く縁を切ってしまいたいと思っていました。店長さんがやめてしまう以上、私がその店にかかわっていたい理由は何もありませんでした。

その2・売るための物を何か作ろうとしたこと

店から離れたそのときはもうほとんど作る事をしていなかったけのですが、「何か作って売る」ということにはずっと心が引っ掛かっていました。
自分が作ったものが「わぁ~かわいい~」「わぁ~すごい~」とか言われる事に気を良くしていました。見ず知らずの人が、作った本人がここにいるとも知らずにそんな事を言っている現場に遭遇したときのドキドキは本当に嬉しくて忘れられないものです。
そして、ちょっと有頂天になっていたのかもしれません。

「自分のホームページで自分が作ったものを売る」ことにしました。
ぼんやりとした思いは少し前からありましたが、店を離れて作品を人に見せる場がなくなった時から、その思いが大きくなりました。
ただ、何を作るのかという問題がありました。作りたいという気持ちよりも、売って収入を得たいという気持ちのほうが先にあり、何か作れば売れるだろうという甘い考えが私にはありました。
当時、招き猫がよく目に付くことがあったので「招き猫流行ってるのかな?」と思い、招き猫を作る事に決めました。

ウレタン樹脂の複製はやりたくありませんでした。樹脂は匂いも嫌だったけど、着色も苦手でした。でも、型を使わないとたくさん作る事ができないので、何とか工夫をして、紙粘土や石粉粘土で使える型を作ろうと思いました。紙粘土の類なら、水彩 で着色ができていいなぁ、と思ったのです。
そして、シリコンゴムの型に粘土を詰めてみたり、石膏で型をとってみたり、粘土を型から取り出すときの引っ掛かりを少なくするために型を細かく分割してみたり、糊分の少ないさらっとした粘土を使ってみたり、とにかく私なりに色々やってみました。
この試行錯誤は今思えば充実した楽しい時間でした。今度こそ、今度こそ、これならどうだ、っていうワクワク感が良かったのでしょうか…。

しかし、ウレタン樹脂の「15分程度で硬化するスピーディな複製」に慣れていた私は、「粘土を型に入れて乾くまで1~2日待つ」というのがどうしてもできませんでした。1日に何十個も作れなければだめだと思っていたのです。もし待つ事ができれば、案外簡単に解決したかもしれないと今更に思います。シリコンゴムに粘土を詰めて、完全に乾くまで放っておけば取り出すのは簡単だったかも…と、今でも考え出すと悔しいです。

年末年始も時間を惜しんで石膏と格闘しました。そのとき私は風邪をひいていました。今までの疲れもけっこうたまっていたのでゆっくり休むべき時期だったのですが、休むどころか寒い雪国へ遊びに行ってしまい、帰宅したときは鼻水が緑色になっていました。
出かける前に油粘土の招き猫に石膏をふりかけて型を取る準備をしておいたのですが、それは粘土を剥がすときに石膏の型が壊れて失敗に終わりました。そして力が抜け、風邪をこじらせた私は一週間入院することとなってしまいました。散々です。(退院した後に型が壊れたのかもしれない、もう憶えてません)

入院中、あまりに咳がひどいので大部屋から個室に替えてもらいました。その日、ごしゅ人が猫たちの写真をプリントして持ってきてくれました。前日の夜は咳を我慢してとうとう一睡もできず、気持ちも張りつめていたのですが、その写 真を見たとたんに涙が出ました。こんなに人の気持ちを動かすことができるなんて、ごしゅ人は偉大だ。猫も偉大だ。

この入院中に、15年以上も昔の事を思い出しました。そのころの私は、思春期のマイナスな気持ちに占領されていました。その時も部屋で一人で座ってマイナスに浸っていました。
そしたら、誰かに肩をポンと叩かれました。誰もいないはずなのにとびっくりして振り向くと、猫が「ニャ-」と言いました。
猫にしてみれば、ご飯ちょうだいか何かのつもりだったと思うのだけど、 私はそのとき何かを感じました。

…猫は、私に何をしてくれるわけでもない。私はただ、この猫に「そばにいてほしい」と思っているだけだ。その「存在するだけで意味がある」あいつが「私は誰の役にも立たないから生きている意味がないのではないか」と変な気持ちになっていた私に「そんなことを考えなくてもいいんだよ、いいんだよ」と言ってくれている…

ような気がしたのです。
はっきりその時そう思ったわけではないかもしれないけど、とにかく私はその時何かを感じて、少し元気が湧いたのです。「存在するだけで意味がある」あいつの存在に、元気をもらったのです。

最初の売れ行きの良かった猫たちは、そのとき感じた気持ち「そこにいるだけで幸せな気持ちになる、安心しきって自分のそばで寝ていてくれる幸せ」を込めて作ったものだったから売れたのだ、欲しいと思ってくれたのだ、きっと。
余計な事をいっぱい考えている(というか、肝心な事を忘れていた)今の自分の作るものはきっとよくないんだろうなぁ、と思いました。

「猫を招かせたりしてはいけないなぁ」と申し訳なく思いました。
猫は存在するだけでいいのだ。(…猫に限らず。)

あのときの入院は、「招き猫」にかかわっていた間すっかり忘れていた「いいんだよ」を思い出させるために運命が仕組んだことだったのではないか? と今思っています。

その3・しばらく何も作らなかったこと

退院はしたものの咳はなかなかおさまらなかったので、しばらくゆっくり休む事にしました。 咳がおさまった約一ヶ月後には粘土をさわることもなくなっていました。作りたいという気持ちもなくなっていました。

でも、何か、何か…という焦りがありました。やる気がないのに焦りだけがあるという時期でした。
とりあえずホームページを作り直そうと、招き猫のために準備していたものを他の具体的な商品の計画もないまま 「ポストカード&猫粘土」に変えました。郵便振替の口座も作りました。
しかし、そこまででした。私はまた他の事に気を取られ、商品の準備は次の次くらいな気持ちになっていきました。これは作りたい気持ちがない証拠でした。無理矢理何か作ってもいいものはできないと思い、無理に作ろうとすることもしませんでした。
ホームページもいつのまにか販売コーナーがなくなり、 お絵描きと昔話のページになりました。(簡単に絵を描く方法とか、昔話を作る方法・公式みたいなものは作れないだろうかとか、そんなことに興味があったのです) そのホームページも、人に宣伝するわけでもなく、自分で見るだけで満足していました。

夏頃には、「何か作って売る」ということはすっかり忘れていました。というより、あきらめていました。焦りもなくなっていました。ただ、お散歩を楽しみにする日々を送っていました。

じつはこのとき体の具合がよくなくて、「この先こんなに具合の悪いままずっと生きていかなくてはいけないとしたら一体どうやって元気を出せばいいんだろう」と思い悩んでいました。そして、こんなふうに一生懸命生きている人が世の中にはたくさんいるのだと思い、その人たちに尊敬の気持ちを抱くとともに、生きていくための元気を出すことってとても大事なことだ、と感じました。
私にとってその「元気を出すこと」が、お散歩だったり、ごしゅ人とビデオを見ることだったり、家族が元気でいる事だったり、そういうささやかな事でした。そのささやかな事だけで満足していた夏から秋でした。

その後、原因がわからないまま体は回復しました。あれは何だったのか…、またも運命の仕組んだ何かなのか、と思うしかありません。

その4・あみぐるみが気になったこと

秋頃にとあるペットショップで、猫のおもちゃを見つけました。別に猫を飼っているわけではないのですが、それがあまりにかわいかったので「お散歩に持っていこう」と思って買いました。
それは魚の形をした小さなあみぐるみでした。その、何となく懐かしい素朴な感じの水色と「ヒレの長編みが子供のときに着ていたカーディガンの縁みたい」なところが気に入って、あまり物を買わない私がついフラフラと買ったのでした。

そのおもちゃはお散歩中けっこう活躍しました。今でも薄汚れたままカバンに入っています。

猫のおもちゃを買ってから約3ヶ月後の、年も終わろうとしている12月。偶然インターネットで「あみぐるみを作ってみたいのですが」という内容の掲示板を読み(なんと男性の質問だった)「簡単です、数時間でできます」という答えを読んで、「あみぐるみを作ってみたい」という気持ちが急にムクムクと湧き上がりました。

作ってみたい、と思ったのなんて久しぶりの事でした。その日のうちに早速近くの図書館へ行ってあみぐるみの本を借り、実家へ行って毛糸を調達して来て、ひとつ作ってみました。 ※そのあとの事は「知られざるアイツら 1~20 」参照。ひとつめを作る前からすでに「売る」事を考えていましたが、さすがにこのときはあみぐるみを作る事の面白さのほうが大きかったです。

いろいろやってみているうちに、くたっと寝ている小さい猫みたいなモノを作ることに成功し、身内でのウケも良かったので、ホームページでの販売を計画し、準備を始めました。

その5・計画に無茶と計算違いがあったこと

ひたすらあみぐるみを作っていた3月はじめまでの間はただ面白い日々でした。しかし3月中旬からの無茶な計画を実行しはじめてからは何かが違いました。
無茶とは「一ヶ月に何十個もあみぐるみを作って売るという計画」。
計算違いとは「そんな作り方が自分にはできないことをわかっていなかった事」。

「一ヶ月に何十個」とは、ただ生活費を生み出したいという一念からでした。 いつ仕事を失うかわからない世の中ですから… それにしても無茶です。しかも、売れないかもしれないとは考えてなかったような… 馬鹿ですねぇ~。
そして約半月後の3月末までに10匹完成させることを目標に、ひたすら編み物をする日々が続きました。
そして3月末が近づき、ずらりと並んだ10匹の顔を見ると、何だかおかしい…。

ひたすら編み物の日々はまるで工場の流れ作業のようでした。気持ちも、ただ早く終わらせなくてはという気持ちになっていました。そんなふうに作った10匹の顔はまるで「やっつけ仕事」でした。綿を詰めたり顔を作ったりの作業は作業中の気持ちがもろに作品に表れるのだという事をこのとき知りました。

予定の10匹をあきらめて、今から作り直し、きちんと完成した分だけを3月末にupしよう、と決めました。そして3匹が綿を詰め直されて顔の刺繍も直され、ホームページに載りました。そのうちの1匹は完成前から知人のところへ行くことが決まっていたので、写真撮影が終わると同時に旅に出ました。
今更ながらに思うのですが、あの1匹は「直す前のことを自分が知っている」ので後ろめたい、申し訳ないような気持ちが消えないのです。10匹の中ではいちばんかわいく出来上がったし、相手の方も「とても気に入りました」とわざわざ電話をくれるほど喜んでくれたし、 その時点では精一杯やったつもり…でした。

残りの奴らもゆっくりと出来上がり、4月半ばには全部がupされました。でも、積極的に検索サイトに登録する気持ちになれず、当然アクセスも売上もありませんでした。そして4月末、カタログに載せた10匹の写真を見ていて大事な事に気がつきました。
なので、 こんな言い訳と共に5月の販売を中止したのでした。

『自分で遊ぶために作ったり、人にあげようと思って作ったり、そういう奴らはそれなりにいい顔をする。でも、単に販売用に作ったものは、いい顔をしていない。買ってくれるお客様の事を想像してみればいいと思ったけど、どうも私にはそれが難しいみたい。
ただ1体、 あげる人を思って仕上げることができた「2-1」と、他の9体を見比べてみると、明らかに顔が違う。カタログをupしたあのときは気付かなかったけど、冷静になった今見るとわかる。 同じように作ったつもりなのに気持ちが表れてしまっている…。
これには自分でもおどろきました。
これが売れてしまっていたら、きっと後悔したでしょう。みなさんゴメンナサイ。』

顔だけでなく、直す前のことを自分が知っているということもありました。でも本当に、顔の違いには驚いたのです。ゆっくり、かわいく直したつもりだったのに、「誰のところに行くかわからない」という気持ちが表れてしまったような顔。自分が冷静になってからでないとわからない顔。
ごしゅ人は「それはそれなりにいいんだ、売るのをやめるなよ」と励ましてくれたりするのですが…。

なんて事なのか。これでは、販売するためのものなんて1匹も作れない。どうしよう。

その6・紙モノ計画

アイツらは、猫と共に我が家の写真によく登場します。なので、「写真集・あみぐるみの猫のいる風景」というコーナーがあります。このコーナーを作る作業は面白く、2日ほどで完成してしまいました。それは楽しい2日間でした。

「あみぐるみそのものを売らなくても、こういう写真で何か作ってそれを売ればいいなぁ」と思いました。それらしいことはぼんやりと思っていたのですが、この際具体的に考えてみる事にしました。それに何より、ここに写っているアイツらには余計な気持ちがこもっていないし。
利益は薄いけれど、たくさん売れてくれれば少しは足しになるだろう。と、また考えました。

他のあみぐるみサイトを見ていると、値段がとても安いところがあるので、他人事ながら心配になります。 すると、利益を得ようとしているわけではないらしい事が書いてあるので「ああ、そうか」と思います。「それに比べて、私って…」と思います。

そういえば、以前のウレタン樹脂の猫、とても利益を考えたとは思えない安い値段を付けていました。材料費が何とか還ってくるかな、くらいの。あの時間と労力には何の価値もないのかー!と今考えるとちょっともったいない気持ちです。
でもあのときは、「買うほうの身になれば、これがこんなに安く買えたら嬉しいでしょ。他の人は値段高く付けすぎだよ、がめついよ、ずるいよ-」などと思っていました。そして、買った人が喜んでくれたという喜びが充分すぎる報酬でもありました。
今、思い出した。

「いいかい、昔のねこやまよ。自分が自分の商品にいくらの値段をつけようが、お客さんがその価値があると思ってくれればいい。値段はお客さんが決めるのだよ。高過ぎると思えば買わないし、その価値があると思えば買ってくれる。大事なのは安くする事ではないよ、他にするべきことがあるだろう」
と、少し歳をとったねこやまが言っている。それに私は貧乏が恐い。

身内が皆「あんたのあみぐるみの値段は高い」と言うのは、それだけの価値がないという判断、ということなのよね…  う~~~ん。

……。

とりあえず、6月からレターセットを販売。

その7・作り方を公開する

レターセットは売れず、時は過ぎて…

2002年7月、「あみぐるみ猫の作り方を載せよう」と思いつきました。

あみぐるみを始めた当初、他のあみぐるみサイトを見て回っているときに気が付いた事。それは「作り方が少ない」事。見て回った理由は色々ですが(作風、値段、作り方、等々)、その中でも作り方を知りたいというのは大きな理由でした。「図書館や本屋さんでわかる以外のことがネット上にあるかもしれない。」そう思って、遅ーい電話回線で必死に探したのでした。

そして、いくつかのありがたいほど親切なサイトを見つけて感激したことと、 それにしても詳しい作り方のページがあまりに少ないのに苛立ったことを思い出し、「作り方を載せたいっ」という気持ちがボコボコッと大きくなったのでした。
このとき実は、ヤフ-に登録してもらいたいという思惑もありました。「他のサイトにない有益な情報があること」が、登録されやすい条件のひとつだというのをどこかで読んだので、作り方を載せれば条件にあてはまると思ったのです。登録されればサイトに来てくれる人も増えて、少しは売り上げもあがるかもしれないと思ったのです。以前、あくびコレクションをウリにして登録申し込みをしたときにはダメだったけど今度こそ…。
いつもいつも下心のある私。

なるべく編みやすい形にしないといけないと思い、面倒な「xx目とxx目とxx目のところで減らす、xx目だけ編む」等々をやめて、規則的に増やす&規則的に減らすだけで編めるようにして出来上がったのが「まいど」でした。
ピンキーのように膝もカカトもなく、頭も細長くないので、「私のとしてはどうかなぁ、、」と思ったのですが、でも丸っこいせいか可愛くて、すぐに気に入ってしまいました。もうひとつ「ミヂカ」を作り、その2体で作り方ページを作ってupしました。そして8月早々、ヤフーに登録申し込みをしました。でもこのときはあえなく沈没。がっくり…

作り方ページを作ったせいかもしれませんが…
売るためのあみぐるみが作れない、という気持ちがふっとなくなったような気がしました。なぜかははっきりわからないのですが、作り方を公開してしまったので、変な緊張がなくなったのかもしれません。
ショップに置くためのあみぐるみをまた作ってみようと思い、新しく4体を作ってショップに並べてみました。今回はたくさんは作らず、「友人にあげるときに2体作ってどちらか選んでもらった残り1体」と「この糸でまいどを編んだらどんなふうになるかと楽しみながら作った3体」です。

9月も終わろうとしていたある日、2通のメールを頂きました。「作りました」と、「商品注文」。
興奮して顔が熱くなりました(笑)。作ってくださった方がHPで写真を公開してくださったので、嬉しくてプリントして大事に持ってます。はじめて見るそれは、まるで感激の再会でした。まいどの親戚 を見つけたような感動。作り方を公開してよかった、って本気で思いました。ふー…
ご注文も、身内以外でははじめてのお客様だったので感激でした。とても大事にかわいがってくださるお気持ちがメールの文面から伝わって来ていたので、 「お客さんは可愛がるために買ってくれるのに、以前の私は何を思っていたんだろう…」と反省することしかり。

この日を境に、だいぶ元気が出ました。

その8・フリマに出る

友人が「アートフリーマーケット」というのに誘ってくれました。約2ヶ月かかって15匹くらいを作り、12月半ば、2日間のフリマにその友人と同じテーブルで出店しました。

1日目はともかく(汗)、2日目は場所もよくて日曜日だったということもあってか、8匹ほどが旅に出て行きました。お客さんの反応をじかに見ることができたので、たいへん面白い2日間でした。買ってくださった方が皆さんホントに嬉しそうにヤツらを連れ帰ってくださったので、私も何かいい事をしたかのような充実感を感じつつ、以前の私のよこしまな気持ちをここで再び反省することになりました。
たぶんもう、不安な表情のアイツらを作る事はないでしょう。きっと。

この後、残ったあみぐるみ猫をショップに載せたところ、ポチポチと旅先が決まってゆきました。

(この後12月末、願い叶ってヤフーに登録して頂く事ができました。それも、あきらめて登録申し込みもしていなかったのに…。どなたか推薦してくださったのかもしれません、ホントにありがとうございました。)

その9・画像掲示板を設置する。

以前に比べるとだいぶアクセスが増えたので、画像掲示板を設置してみることにしました。作り方を見て作ってくださっても、なかなか管理人に直接メールは出しにくいんじゃないだろうか?と思ったのです。
(つまり、まいどの親戚をもっと見てみたかったのです(笑))
1月始めに設置したところ、予想以上の貼り貼りをして頂いて、もう、感謝感激です。私も楽しんでいるんですが、他の方々もここを楽しみにしておられるようです。掲示板がきっかけでペレット代用品レポートなど作る事もできましたし、ご質問に答えのページを作ったら思いがけず他の方のお役に立ったりして、設置してよかった、でした。

じつは昨年まで「掲示板は管理が大変そうだし、レス書くの大変そうだし、誰も書き込んでくれなかったらさみしいし(矛盾してます)、云々」と思って設置しない事に決めてたんですが… もうそんな事は忘れました

そんなこんなで、掲示板を楽しみに日々を過ごしていたら、ショップのほうがおろそかになってました。いや、それは以前からですが…
これではいけない。なのでまず、「 ショップは営業してます!」っていう意味で、毎週ショップを更新する事にしました、先週から。(汗)

さてさて、どうなることやら…(本人はあくまで真面目に稼ごうとしてます。汗)

2003.3更新

その10・混乱。

混乱してます。忙しさに慣れていない私です。普段忙しい人からみれば「全然暇じゃん」って言われるかもしれませんが(汗)… 何が悪いのか、やらなければいけないことがたまってしまって気持ちがすっかり疲れています。
気持ちが疲れているせいなのか、まだ本格的な夏もやって来ないのに(今年はまだ梅雨明けもせず、異常に涼しいのです)バテてます。力が入りません。(笑)

その9を書いたときは「ショップを毎週更新」を決めたときでした。おかげさまで、時々お休みしたものの何とか今日までupを続ける事ができ、ご注文も頂けるようになりました。どうもありがとうございます。

んで今日は(昨日だ)、ショップを約1ヶ月夏休みすると決めました。休みの間は体を休めつつ、混乱のもとを取り除き、きちんと復活したいと思っています。復活しますよ。

「~します」と書くのは以前なら躊躇してました。できない「かもしれない」ことはなるべく書かないようにしようと思っていたから。最近は、覚え書きや掲示板に色々書いてるのにそのままになっている事が多くて、もう「アイツは言いっぱなし」って思われているんじゃないかと。
書いているときはきちんと実行するつもりで「~します」って書いているんですが、それが多くなって自分で覚えていられなくなっているような状況です。しかも、読み返して書き出してみたりはするものの、やるのがとてもとても追いつかなくて…
これが、気疲れの原因のひとつだったりします。(笑)
7月はじめにサイト整理をした際に、作り方ページに「もくじ」を作りました。これくらいの内容は準備したいな、と思い、目標を書き留めるような気持ちで作りました。他にも、読み返してみないといけないところがたぶんある。と、思う。

休みの間に、何をどうするか決めようと思っています。この歳になって、夏休みの宿題。

こんなヤツですから、サイトに限らず、身の回りもごちゃごちゃなのです。(これが、気疲れの原因のふたつめです)こちらも何とかしたいです。あと、縫い物も少し覚えたいのです(私用です)。それから…   もう、やめておこう

昔あこがれた「シンプル」という言葉は、私の辞書にはないのか…(涙)

2003.7.28更新

その11・サイト増築

夏休みも終って無事にれとろやも再開しました。そして12月も後半になり、現在冬休みをしています。休んでばっかりじゃ~。途中PCの不調でしばらく休憩するという事態がありました。家族でPCを共有している不便さも少々感じていたこともあり、このときに「自分専用のPCを買う!」決心を固めたのでありました。

問題はお金です。現在ちょいと収入のキビシイ我が家、なるべく貯金は崩したくなかったのです。(でも、毎月崩れていってます…涙)
しかも家のお金であって自分のではないから、ちょっとためらいもあったりして。
うーんと考えた末、以前諦めたビーズのお店を頑張ってやってみることにしました。あみぐるみほど時間はかからないから、少しでも足しになればと思いました。完成品の他にキットも用意しようと思っています。これは、新年かられとろやにて開始予定です。
そしてもうひとつ「アフィリエイト」なるものもやってみることにしました。こちらはトナリノオミセとしてすでにオープンしています。もっと充実させなければとても収入には結びつかないので、来年の春くらいまでに少し時間をとって更新に専念しようと計画してます。
PCのためだけではなく、ほんとに家庭の収入になることを願ってサイト増築です。 …は~。

このページのはじめのほうで「生きていくための元気を出すことってとても大事なことだ」と書いてます。んで、これは時々忘れてしまう事でありました。このページ作っといてよかったと思うのはこういう時です。(笑)お金の心配などしていると、とくにコロリと忘れてしまいます。
ビーズは身につけるよりは眺めて楽しむ物をと思ってはいましたが、デザインはどうしたものかと悩みました。だいたい、スタイリッシュなんて言葉とは無縁の私。アクセサリーもろくにつけない人間なので、色々考えてはみても気持ちにどうもしっくり来ないし、、
そして結論。自分が安心できるようなシンプルなもの、子供の頃を思い出すような懐かしい感じのものになればと心が決まりました。(私の元気のモトは自分の子供時代を懐かしむ事なのか…これって、どうなんだろうか…)
本当にそんなのが仕上がるかどうかは疑問ではありますが(笑) 方向が決まってホッとしたのがじつは先週あたりです。 こうなると売れるかどうかという心配もまた増すのですが。だってまるで野暮ったいんだもんね。

んで。 じつはPCは買っちゃいました、貯金崩して(笑)。調子良く動いてた再フォーマット済みの古いPCがまた5~6回続けてフリーズしたもので、アセってしまいました。うぬ ぬ~。
ま、何にしても自分専用ができたので、しっかりしなければと自分に言い聞かせております。まだソフト入れたりしてないので、整備はこれからです。
以前計画してた紙モノは、プリンタを共有しているのでやめました。真面目な話、あまり使うと怒られそうで…(笑)

さて、新年も頑張らなきゃ~。

2003.12.30更新

その12・できれば今は何も書きたくない

…などと恩知らずな事を言ってはいけない、きっと後で後悔する。
今年はサイト更新はほぼほったらかし状態、昨年決意したビーズだのアフィリエイトだのもどこへ行ったやら状態、れとろやもGWあたりからいまだに閉店状態、せっかくの委託販売も今は力が出ない。
お金の心配をしつつもやる気でいっぱいだった昨年末とはえらい違いです。今年もお金はさらに心配だし、来年は何をしようかと次の事を考えてはいるのだけれど、ひとつ違うのは、あみぐるみを続ける気持ちが薄れているということ。
うちのヤツらはうちに隠してそっとしておきたくなっているということ。

今年2月、出版社から連絡を頂きました。編み猫の本を出版したいというお話でした。作り方と、ホームページにあるようなお話を一冊の絵本のようにと。
いつか本を出したいと思っていた私はこの幸運を素直に喜び、おおいにやる気をわかせました。はじめに「お金は期待しないでください」と言われたけれど、たくさん売れればお金になるかもしれないし。
しかも「このホームページの雰囲気を最大限に生かして…」という言葉を頂けた事がとても嬉しく、こんなにいい事ってそうあるもんじゃないぞ、すごいぞ、とひたすら喜びに浸っておりました。
それから半年ほど過ぎた8月半ば、出版社内できちんと企画が通り、私も本のための作業を最優先にして11月半ばまで過ごしました。20匹超の編み猫を作り、おかしな小物を作り、いつものように愉快な写真を撮り、ちょっと出かけたりしてさらに愉快に写真を撮り…
お話以外のページも自分でメモ書いて渡したりしてはいたのですが…
しかしそのうちに、1ページ1ページの細かい内容がきちんと決まっていなくてごく簡単な絵コンテ1枚があるだけのまま時間がどんどん過ぎて行くのがたまらなく不安になってきました。素人の私がいったいどこまで口を出して良いのか、編集部では他のページをどうすることにしているのか、渡したメモもきちんと見てくれているのかどうか、私が知らない事はいったい何なのか…。
…やがて驚くべき事に、超多忙なあちらでもきちんと内容の詰めがなされていなかった事が明らかになり(!)そこからはじめて方向を探しはじめるという事態に、、
40本近く作って提出したお話も「こういうのじゃなくて…」と作り直しを要求されるはめになりまして。皆で同じものを見ていても、そのもののいったいどこに興味があるのかどこが大事なのかというのは皆が違うのだ、というのを身を切られる思いで実感しました。
私は作者だから私がいいと思うようにすれば間違いはないだろうというのは全くの幻想であり、お話は見事に切り貼りされて私の大事にしているところは容赦なく捨てられてしまっていました。
それを見たとき感じたのは…私以外の人には編み猫はこんなふうに見えているのだろうかという事。どちらかといえば私にとってたいして大事ではないことが、その切り貼りでは大切にされている。一般的な感覚ってこういうことなの?
まるでヤツらが私から剥がされて行くようでした。虚無感と、諦め…

私は自分のいいように考え過ぎていたようです。自分以外の人間がたくさんかかわり、まして主導権を持つのは自分ではないのだから、自分の思い通りに編集してもらえるわけがないと思わなければいけなかったのです。主導権を持った人を中心にした共同作業であるということを判っていませんでした。その中心人物をつついてつついて、自分がどんなものを要求されているのかを自分がきちんと理解しておかなければ。
しかしこれは私の持っていた作者の幻想が打ち砕かれてはじめてわかった事でありました。
その後のお話作り直し作業はつらいものでした。自分で面白いと思っていないんだからつらいのは当然でありますが…そのやり直しがあちらには非常に良しと出たようです。私の感覚ってきっとどこかおかしいのです。。

ただ、私にとって大変有難かったのは、たとえ私と違うものを見ていたとしても、関係者の皆さんそれぞれが本当に真剣に編み猫にかかわってくださったという事です。この事実がへろへろな私を支えてくれていました。
私がこんな気持ちでいるのだけがただひとつ申し訳ない事です。

そして「編み猫の本」は、編集者さんの一般的な感覚で見た編み猫の面白さが、よく出ているのだと思います。私の名前が著者として書いてはありますが、「私の」ではなく「編み猫の本」です、というのが正直なところです。巻頭の文章もだいぶ直しがされていますので私の名前を外して頂きました。
はやく割り切らねばいけません。編み猫を好きでいてくれるほとんどの方にとってはとても良い事、嬉しい事、楽しい事なのですから。私が思う程にはヤツらにダメージはないかもしれないのですから。

できれば今は何も書きたくない、というわりにタップリ書いてしまいました。つい先日まで作業していたので頭が冷えきっておりません。
出版は良い事なのに、たくさんの方にお世話になったのにこんなふうに書くなんてとお思いになる方もきっとおられると思います。
たぶん私も後になって、書いた事を後悔するかもしれません。
時間がたって少しでも謙虚な気持ちが生まれたら、そのときはきっと恥じ入る事になると思います。
でも、私にとって忘れてはいけない経験でありますので、あえて書き残しておくことにします。

今年はこれでおしまいにします。
来年はできれば昨年のように、自分の思うように過ごして行きたいと思います。

2004.12.31(金)更新